滋賀県の地域情報

目 次
  1. 滋賀県内の価格と動向
    1. 滋賀県全体の住宅地の価格動向
    2. 滋賀県全体の商業地の価格動向
    3. 滋賀県の最高価格地・上昇率1位・下落率1位
    4. 県庁所在地(大津市)
  2. 滋賀県の概要
基本データ
面 積 4017.36k㎡
人 口 1,411、498人(2019.4)
人口増減率 ▲0.2%(対2014年比)

滋賀県推計人口など

大津・高島 大津市  高島市
南部 草津市  守山市  栗東市  野洲市
湖東・湖北 米原市  長浜市  彦根市  愛荘町  甲良町
多賀町  豊郷町
甲賀・東近江 甲賀市  湖南市  東近江市  近江八幡市  日野町
竜王町

1.滋賀県内の価格と動向

平成31年地価公示は過去一年(平成30年)の地価動向を分析しています。

1)滋賀県全体の住宅地の価格動向

滋賀県の住宅地の価格変動率

国土交通省HP「平成31年度地価公示」

平成26年までは下落幅は縮小傾向にあったのですが、平成27年~平成29年地価公示まで3年連続で下落幅がやや拡大し、平成30年地価公示では横ばい、平成31年地価公示で縮小傾向にあります。

大津市以外では、滋賀県南部のJR東海道本線沿線の主要駅がある4市(草津市、守山市、栗東市、野洲市)は価格は上昇傾向で推移しています。
一方、その他の市町では依然下落が継続しています。

2)滋賀県全体の商業地の価格動向

滋賀県の商業地の価格変動率

国土交通省HP「平成31年度地価公示」

滋賀県全体としての商業地の平均変動率は、+0.6であり、6年連続で上昇傾向にあります。

大津市以外では、野洲市が県下で最大の上昇を示しています。その他、草津市、守山市、栗東市もプラスの変動率となっています。しかし、滋賀県東部の彦根市、県北部の長浜市が依然として微減傾向が続いており、県西部の高島市においては衰退傾向が鮮明になっています。

3)滋賀県の最高価格地・上昇率1位・下落率1位

滋賀県の最高価格地

国土交通省HP「平成31年度地価公示」より抜粋
※変動率下段(  )は前回公示の変動率
以下同様

草津-7:「南草津」駅から250m。京阪神エリアへの交通利便性が良好であり、分譲マンション用地の需要が高い。
大津5-6:「大津」駅から150m。滋賀県の中心駅前としてマンション用地の需要が堅調。テナント需要もやや回復傾向。

滋賀県の上昇率1位

大津-45:「大津駅」から450m。駅に近い旧市街地であり、民博施設などの多様な用途が期待され、再評価の動き。
草津5-7:「南草津」駅から300m。駅周辺の発展から店舗需要が強く、商業地域としての繁華性が向上。

滋賀県の下落率1位

大津ー46:駅からの距離が遠く、傾斜地であるため、交通・生活利便性が劣る。売り物件も多く、需要が弱い。
甲賀5-3:人口減少、地場産業の衰退により繁華性が乏しく、地価下落傾向が続いている。

4)県庁所在地(大津市)

県庁所在地の最高価格地・上昇率1位・下落率1位

大津ー48:「大津」駅から600m。駅から徒歩圏内であり、マンション用地の需要が堅調であり、価格は上昇傾向にある。
大津5-6:前記の通り
大津ー45:前記の通り
大津5-11:「膳所」駅から700m。生活利便性が良好であり、人気学校区であることから、需要が堅調。

国土交通省HP「平成29年度地価公示」より抜粋
※変動率下段(  )は前回公示の変動率

2.滋賀県の概要

滋賀県は、北は福井県、東は岐阜県、南東は三重県、西は京都府と接する内陸部に位置します。日本海側の若狭湾と太平洋側の伊勢湾・大阪湾の湾入によって形作られた地峡部に当たります。中央部に我が国最大の湖である琵琶湖があり、周囲を伊吹山地、鈴鹿山脈、比良山地、野坂山地などに囲まれています。面積は約4017平方キロメートルです。人口は140万人を超えており、近年増加傾向にあります。

気候は、県南部は温暖な太平洋型の気候ですが、県北部及び県西部は日本海から吹き込む冬型の季節風の影響により、降雪量の多い日本海型の気候となっています。また、県東部は昼夜の気温差が大きく、降水量も比較的少ない内陸性盆地気候となっています。

大津市や草津市といった湖南地域は、大阪市や京都市のベッドタウンとしても注目されており、人口の増加が続いています。JRの新快速が湖西線、琵琶湖線を経由して敦賀まで運転されるようになり、大阪、京都中心部への鉄道の利便性も高まっています。

滋賀県は、古くから交通の要衝の地であり、現在も名神高速道路、東海道新幹線など交通利便性が高いことから、製造業が総生産の約4割を占め、多数の大手企業の工場が存する「工業県」となっています。特に湖南地域には工場が密集しています。また、滋賀県には立命館や龍谷大学、長浜バイオ大学など、理工系を中心とした大学が多数立地しています。農業は「近江米」の生産が約6割を占めています。

県域は、古くから日本の国政に関わって来た地域であり、都の近傍の地として発展し、現在に至ります。奈良時代より前には、近江京や紫香楽宮が設置されたこともあります。鎌倉時代以降は佐々木氏が戦国時代に至るまで近江国を支配しました。

戦国時代に入ると、近江国を支配圏に入れた織田信長は、根拠地として近江盆地に壮大な安土城を建設します。信長の死後は、羽柴秀吉と柴田勝家の係争の舞台となり、近江北端部で行われた賤ヶ岳の戦いにおける秀吉の勝利で決着が着けられます。秀吉は、多数の近江国民を登用し、さらに、江戸時代になると、鎌倉時代から続く商工業が飛躍的に発達し、特に近江八幡などからは近江商人と呼ばれる流通業者が全国各地で活躍するようになりました。

廃藩置県後、明治14年2月7日、福井県が発足して嶺南が滋賀県から分離したことにより、旧近江国の現在の領域となりました。

滋賀県は、全国と比較して若年世代の層が多く、しばらくの間は人口が増え続けると予測される数少ない県でもあります。また、琵琶湖を中心とする豊かな自然が存することから、これまで環境問題にも先進的に取り組んできており、産業集積や知的集積を進めてきた実績に基づき、今後も更なる発展が見込まれます。