阪神沿線東側エリア

阪神本線「魚崎」駅、「青木」駅、「深江」駅周辺に広がるエリアであり、東側で芦屋市に隣接しています。

青木(おおぎ)の地名は、日本神話の時代、神武天皇の東征を水先案内した神がその役目を終えたときに青亀(あふぎ)に乗ってこの地に漂着したことに由来すると言われています。
当エリアは古くから開けたエリアであり、現在の阪神電鉄線北側では縄文時代から弥生時代まで集落があったといわれる北青木遺跡や小路大町遺跡、深江北町遺跡が発見されており、現在の国道43号付近まで松が林立する美しい白浜が広がっていたようです。

江戸時代には西国街道のバイパス的な機能を持ち庶民の道として利用されていた「浜街道」が通っていたことから、多くの人々が行きかう賑やかなところでした。魚崎・青木・深江などは灘の東郷と呼ばれ酒造業で栄えましたが、明治時代の初め頃には青木や深江では水質や製法などの影響で衰退してしまいました。
第二次世界大戦後には、金属機械工業関連の工場が増加すると共にアパートやマンションが建設され、現在のような住宅や工場が混在する地域が形成された経緯があります。

平成7年には、阪神淡路大震災で多大な被害を受けましたが、その後大阪・神戸のほぼ中間点に位置する良好な立地条件が好感され、幹線道路沿いや駅周辺を中心にマンションが相次いで建築されました。これら背後には比較的規模の小さい戸建住宅や賃貸マンションのほか、公営住宅や社宅なども立地しています。
また、工場などの工業系の土地利用も一部で認められるなど、全般的にはやや雑然とした感は否めませんが、神社や商店街なども残る味わいのある下町的なエリアと言えるでしょう。

商業地域としては、エリア内を東西方向に走る国道2号及び43号沿いにファミリーレストランやガソリンスタンド、大型スーパーといった店舗や店舗付マンションなどが建ち並ぶ路線型の商業地域が、駅近隣にはスーパーや各種店舗が建ち並ぶ近隣型の商業地域が形成されています。
その他、「青木」駅の南側には喫茶店や飲食店を中心とした約60の店舗が建ち並ぶ青木商店街が広がっており、昔ながらの雰囲気を楽しむことできます。

なお、エリア内の大部分は区画整理が施行されていることから、街区は概ね整然としています。

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