大阪市北区の地域情報

基本データ
面 積 10.33k㎡
人 口 125,306人(H28.4)
人口増減率 +10.4%(対H24比)
住宅持家率 全体のうち、37.0%
うち戸建住宅 15.2%
うち分譲マンション 82.2%

平成25年住宅土地統計調査
平成28年推計人口など

1.北区の全体情報

1)概要

北区は大阪市の玄関口であり、市内中心部に位置し、北は淀川、東は大川、南は土佐堀川と三方を河川に囲まれ、西は福島区に隣接しています。人口は11万4千人を超え、近年の都心回帰の傾向や再開発の進展などにより増加傾向にあります。

区の中心部である梅田地域は、JR・阪急・阪神・地下鉄・市バスが終結する大ターミナルであり、超高層ビルが並ぶ西日本の中枢機能を担うビジネス街です。周辺には百貨店、ホテル、飲食店が集まり、西日本最大の地下街と合わせ、大規模なショッピング街が形成されています。
近年、梅田地域では多くの再開発プロジェクトが進んでおり、日々街並みが変貌を遂げています。JR大阪駅には大阪ステーションシティが完成し、近畿圏のみならず、西日本から多数の人々が集まっています。阪急百貨店も全館建替えにより、オフィスタワーと共に新たなオープンを果たしました。西梅田地区においては複合商業施設が次々にオープンし、超高層ビルの集中する街並みが形成されています。
また、梅田貨物駅の跡地については、平成16 年に「大阪駅北地区まちづくり基本計画」が発表され、先行開発地区に超高層ビル3棟と、高層マンション1棟が建設されています。梅田地域はまさに西日本の中心としての装いを新たにしています。

区内には、JR、阪急、阪神の私鉄各線、市営地下鉄各線が縦横に走っており、大阪市内の交通の中心地となっています。
道路についても、梅田新道は国道1号と2号の結節点となっており、大動脈である御堂筋と新御堂筋がそれぞれ南と北へ延びている他、国道176号、四つ橋筋などの幹線道路が張り巡らされています。阪神高速各線の出入口も多数あり、各方面への移動も非常に便利です。

こうした区内の大都市機能の集積が見られる一方、北区は大阪三郷の一つ「天満組」の歴史も有する都心居住の地で、区内には天神橋筋商店街や大阪天満宮といった歴史ある昔ながらの街並みも残っており、庶民的な賑わいをみせています。また、大川沿い一帯は桜の名所として有名で、造幣局の見事な「桜の通り抜け」を楽しむことができます。

このような都心部への接近性、生活利便性により、近年北区では、幹線道路沿いや川沿いにタワーマンションなどの建設も増加しており、都心での生活を望む人々の人気を集めています。

歴史的には、北区は便利な水運と豊かな用水を生かして発展してきました。戦国時代末期には、羽柴秀吉が石山本願寺跡地に大阪城の築城を始め、天満堀川左岸から大川にかけて近在の寺を集約し、寺町を造りました。この頃から天満は大阪の一角として発展していきます。大坂冬の陣、夏の陣により大阪城下は多大な被害を受けましたが、徳川幕府は大阪復興に努めます。大阪の町は本町通りを境に北組と南組に位置づけられ、その後北組から大川右岸が天満組として分離しました。これにより大坂三郷と呼ばれる町組が完成します。現在の北区は北組ではなく天満組が基盤となっています。

江戸時代には、「天下の台所」と称された大坂の拠点として栄え、中之島や堂島付近には全国の大名の蔵屋敷が立ち並び、天満青物市場、堂島の米市場等で賑わっていました。
明治時代に入ると、大阪-神戸間の鉄道開通に伴い、明治7年に「梅田」駅が開業しました。駅の設置位置は市街地から外れていましたが、それの分開発余地が大きく、その後の北区の発展につながりました。淀川の治水はオランダ人技師デ・レーケの指導の下、淀川の直線化、バイパスとなる新淀川開削、毛馬洗堰の設置などを柱とする大規模な改修事業が行われ、明治42年に完工しました。さらに淀川改修に合わせて架橋工事を進めていた、阪神電気鉄道や箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄)が開業し、梅田が一大ターミナル化するなど北区の発展が進みました。

その後、大正10年からは第1次都市計画が始まりました。これは梅田から難波までの御堂筋の拡幅を含む抜本的な都市再構築で、北区内では大阪駅前での土地区画整理事業や大阪駅の現在位置への移設、都島通の新設などが行われました。昭和8 年には梅田-心斎橋間に地下鉄が開通し、近代的な都市へと成長し続けました。しかし、太平洋戦争での度重なる空襲により、近代化に努めてきた街は廃墟に変わりました。

戦後復興により日本全体が高度経済成長に移行する中、郊外住宅地の発展が加速したこともあり、梅田は通勤客で賑わうターミナルとなり、商業施設も次第に増え、戦前の賑わいを超えるほどになりました。工場やオフィスも復興し、北区は大阪における商工業の中心地としての地位を確立していきました。
昭和45年の大阪万国博覧会に対応した新御堂筋の整備と地下鉄御堂筋線の北進、地下鉄堺筋線の開通と阪急線との相互乗り入れは、北区に新たな南北軸を加えるものでした。大阪駅前の再開発も進み、昭和45年の駅前第1ビルに次いで、昭和51年から55年にかけ、第2、第3、第4ビルがそれぞれ完成しました。

平成に入ると梅田スカイビルを中心とする新梅田シティ、古い街並みを残していた茶屋町の再開発、大阪アメニティパーク(OAP)、オオサカ・ガーデン・シティ、大阪国際会議場など様々な都市開発が梅田の西・北方向にも進んだ他、JR東西線が開通し、北区の東西交通が強化されました。
近年も阪大跡地を中心とする中之島西部地区の開発、JR梅田貨物駅の跡地利用など大規模な構想・計画があり、今後も大阪都市圏の中心、西日本のビジネスの中心地として更なる発展が予想されます。

大阪市北区中之島と大阪駅前

(左)中之島周辺   (右)大阪駅前

2)住宅地

大阪ステーションシティやグランフロント大阪といった商業施設があり、梅田エリアの魅力が増しています。北区はこのような都心部へのアクセスに優れていることから住宅地は安定的な需要があります。特に、マンションへの需要は高い状態が続いています。

3)商業地

梅田エリアは大阪ステーションシティ、阪急梅田百貨店、グランフロント大阪といった大規模な商業施設があり、阪神間のみならず広域的なエリアからの集客力を有しています。周辺にはオフィスビルなども集積しています。

2.各エリアの情報

3.お役立ち情報

1)人口の状態

大阪府全体の人口は減少傾向にありますが、大阪市及び北区の人口はここ数年増加傾向にあります(図-1)。平成28年と平成24年を比較すれば、増加率は+約10%となっています。

大阪市北区の人口

また、人口構成割合を見ると、全国や大阪府と比べて、生産年齢人口(15-64歳)の比率が高くなっています(図-2)。
※大阪市の中でも北区・中央区・西区といった都心部では70%を超えています。
一方、老齢人口(65歳以上)の比率はこうした都心部では低く、20%以下となっています。

大阪市北区の人口構成割合

2)持家率と賃貸率

住宅の所有の関係を見ると(図-5)、住宅総数のうち、持ち家の割合は約37%に留まり、持家を選択する人よりも賃貸を選択する人の割合が多いと言えます。
なお、持家を選択する人のうち、一戸建ての割合が約15%であり、分譲マンションの割合(約82%)が圧倒的に多い状態です。大阪市北区は都心部としての性格により、オフィスビルや店舗ビルが多数集積しているため、戸建住宅の供給が少ないことも原因であると言えます。

大阪市北区の持ち家率と賃貸率

3)地価公示価格の推移

梅田エリアはその利便性の高さから、「関西の住みたい町ランキング」で最上位にくることも多く、価格は安定的に推移していると言えるでしょう。

大阪市北区の住宅地の地価公示価格の推移

大阪市北区の商業地は梅田エリアを擁しており、ランドマーク的な大規模な商業施設が集積しています。また周辺にはオフィスビルや各種店舗を始めとした商業施設が広がっていいます。立地の優位性や利便性などを背景として需要は高く、価格は安定的に推移していると言えるでしょう。

大阪市北区の住宅地の地価公示価格の推移

参考:
平成25年住宅土地統計調査、平成22年国勢調査、平成28年総務省住民基本台帳、国土交通省・地価公示など