大阪市中央区の地域情報

基本データ
面 積 8.88k㎡
人 口 97,161人(H30.4)
人口増減率 +15.2%(対H25比)
住宅持家率 全体のうち、34.0%
うち戸建住宅 26.9%
うち分譲マンション 70.9%

平成25年住宅土地統計調査
平成28年推計人口など

1.中央区の全体情報

1)概要

中央区は大阪市の中心部に位置し、大阪城や御堂筋、船場や心斎橋、道頓堀など、大阪を代表する多くのスポットを区域に含み、文字通り大阪市の中央部を形成しています。
現在の中央区は平成元年2月、旧東区と旧南区の合区により誕生しました。面積は8.88㎡、人口は8万人を超え、近年の都心回帰の傾向や、再開発の進展によるマンションの建設などにより大幅な増加傾向が続いています。世帯数は5万2千世帯を超えており、女性の人口割合が多いという特徴があります。

中央区は合区により誕生したこともあり、区内には、心斎橋・難波・道頓堀といったいわゆる「ミナミ」の繁華街と、北浜、淀屋橋、本町のオフィス街、大手前の府庁・合同庁舎といった官庁街、大阪のシンボルである大阪城天守閣・大阪城公園といった多彩な側面が混在しています。

「ミナミ」の繁華街は近鉄、南海、JR、地下鉄御堂筋線・四つ橋線・千日前線の乗り入れる大ターミナルである難波地区を中心に、「大丸」や「そごう」のある心斎橋まで続く戎橋筋、心斎橋筋商店街、アメリカ村といった若者の街へと面的に広がっており、連日多くの買い物客で賑わっている一大繁華街です。また、「クリスタ長堀」といった地下街にもつながっています。
一方、北浜、淀屋橋、本町といったオフィス街にはメガバンクや証券会社、保険会社など日本を代表する企業の本社や西日本拠点が多数集積しており、西日本のビジネスの中枢機能を担っています。大阪城周辺地域には大阪府庁、大阪府警本部、NHK大阪放送局、省庁の地方支分部局の入る合同庁舎など、官庁街が形成されています。
区内北東部には、ツイン21やホテルニューオータニ、読売テレビなどの入る高層ビルが建ち並ぶ大阪ビジネスパーク(OBP)も存しています。
これらの繁華街、ビジネス街に加え、区内には薬品問屋で有名な道修町、道具屋筋といった、昔ながらの大阪の街を色濃く残す問屋街も広がっています。また、区内東部は文教地区としての色彩も強いこと、都心部への接近性や、都心にありながら落ち着いた街並みが多いことなどから、近年はタワーマンションなど多くの住宅建設も見られます。

歴史的には、古くは現在の法円坂付近に造営されたわが国初の都市である難波宮から、近世の大坂城築城を経て今日に至る長い歴史をもっています。古来から大和の外港として、「難波津」が置かれた他、1496年には、現在の大阪城がある場所に後に大坂本願寺(石山本願寺)となる大坂坊舎(石山御坊)建立に着手しました。その後、御坊周辺は寺内町として栄え、現在の大阪の基盤が誕生しました。
16世紀末には、羽柴秀吉が石山本願寺跡地に大阪城の築城を始めます。秀吉は築城とともに城下町造りを進め、堀川を開き、街区を整え、堺や平野の商人を移住させました。さらに、東横堀川、西横堀川、阿波堀川などを堀り、海運・水運の拠点大坂を築きます。また、近在の寺を集約し、寺町を造りました。大坂冬の陣、夏の陣により大阪城下は多大な被害を受けましたが、徳川幕府は松平忠明を大阪城代に任じて大阪復興に努めました。戦災を逃れていた商人たちも次第に大阪に戻りはじめ、商都大阪として繁栄の道を再び歩み出しました。近世大坂の町は江戸幕府の派遣した大坂町奉行支配のもとに北組・南組・天満組の三組に分かれ、総称して大坂三郷と呼ばれました。北組・南組は現在の中央区の本町通を境に分かれていました。大阪は国内最大の経済都市として栄え、町人文化も開花し、学術・教育文化も「懐徳堂」と「適塾」の開設など大きく飛躍しました。
明治18年12月、南海電鉄の前進である阪堺鉄道の難波駅が誕生し、難波-大和川間7.6キロを約25分で結びました。現在に至る難波ターミナルの誕生です。
明治43年には、京阪天満橋駅も開業し、大阪市電も縦横に張り巡らされるなど、区内の交通網整備が進みました。
大正10年には、第7代大阪市長關一(せき はじめ)により、大規模な都市計画事業が打ち出され、昭和12年、御堂筋が完成し、区内に大阪の南北軸が誕生しました。
太平洋戦争により区内は焦土と化しましたが、戦後復興により息を吹き返し、再び大阪の中心として、ビジネス、商業、行政の中心機能を果たし、現在の賑わいに至っています。
また、関西国際空港の開港により、難波地区は世界の玄関口としての機能を担うことも期待されています。今後も大阪都市圏の中心として都市の魅力と、庶民的な賑わい、文化・歴史の共存する活気ある街として、さらなる発展を続けてゆくことが予測されます。

大阪市中央区の淀屋橋周辺と道頓堀周辺

(左)淀屋橋交差点から御堂筋  (右)道頓堀

2)住宅地

大阪市中央区は、東西南北に地下鉄が整備され、JR・私鉄各線と連絡しており、高い利便性が魅力です。
中央区南部は「ミナミ」を中心とする商業地域、北部や西部には店舗や事務所などから構成される商業地域が広がっています。
このため、住宅地域は東部地域である、森ノ宮エリアや谷町エリアを中心に形成されています。
いずれも古くからの住宅地域であり、マンションや戸建住宅が混在した状態となっています。
マンションの場合、他の区に比べて、都心部に通勤するシングルを対象とした小規模な物件が多く見られますが、都心部では高い利便性を活かしたタワーマンションも見られます。

3)商業地

中央区の北部、淀屋橋から本町にかけては、御堂筋沿いに金融機関や大手企業のオフィスビルが建ち並び、長堀通~難波エリアにはホテルや百貨店などの商業施設が建ち並んでいます。
通称「ミナミ」と呼ばれるエリアは食文化・ファッションの街であり、中心となる「心斎橋」では有名ブランドのビルが進出し、また道頓堀周辺では歓楽街が建ち並んでいます。最近は、アジア系外国人観光客が増加してにぎわいを見せています。
その他にも、アメリカ村は若者の流行発信基地として知られており、御堂筋の背後に広がる千日前や心斎橋筋を中心とした商業地域が形成されています。

2.各エリアの情報

3.お役立ち情報

1)人口の状態

大阪府全体の人口は減少傾向にあるのに対し、大阪市中央区の人口は増加傾向にあります(図-1)。また、ここ数年、平成30年と平成25年を比較すると、+15%という高い増加率となっています。

大阪市中央区の人口の推移

また、人口構成割合を見ると、全国や大阪府と比べて、生産年齢人口(15-64歳)の比率が高くなっています(図-2)。
※大阪市の中でも中央区・北区・西区といった都心部では70%を超えています。
一方、老齢人口(65歳以上)の比率はこうした都心部では低く、20%以下となっています。

大阪市中央区の人口構成割合

2)持家率と賃貸率

住宅の所有の関係を見ると(図-3)、住宅総数のうち持ち家率は約34%に留まっており、持家を選択する人よりも賃貸を選択する人の割合が多いと言えます。
なお、持家を選択する人のうち、一戸建ての割合が約27%であり、分譲マンションの割合(約71%)が圧倒的に多い状態です。大阪市中央区はオフィスビルや店舗ビルが多数存する業務集積地であるため、戸建住宅の供給が少ないことが一因と言えるでしょう。

大阪市中央区の持ち家率と賃貸率

3)地価公示価格の推移

大阪市中央区の住宅地の価格は、大阪駅に至便な立地であるといった利便性により、地価は上昇傾向にあります。

大阪市中央区の住宅地の地価公示価格の推移

価格は概ね上昇傾向にあります。外国人観光客の大幅増加を背景とした心斎橋エリアの需要が高まったことは特筆すべきことであると言えるでしょう。

大阪市中央区の商業地の地価公示価格の推移

参考:
平成25年住宅土地統計調査、平成28年総務省住民基本台帳、国土交通省・地価公示など