大阪市の地域情報

基本データ
面 積 222.47k㎡
人 口 2,716,989人(H30.4)
人口増減率 +1.5%(対H25比)

平成30年推計人口など

1.大阪市の概要

1)大阪市の概要

大阪市は、大阪府の中心部、大阪湾沿いの淀川河口部に位置しています。
地勢は大阪城周辺から南へかけての上町台地周辺がやや高くなっている他、概ね平坦な沖積低地となっています。気候は温暖で、面積は約223k㎡です。
かつてはドーナツ化現象により人口が減少傾向にありましたが、近年の都心回帰の動きにより、増加傾向が続いており、現在の人口は267万人を超えています。

大阪市は大阪都市圏の中心であるばかりでなく、京阪神都市圏、さらには西日本地域の中心機能を果たす重要な役割を担っています。市内の従業者数、事業所数、上場企業本社数は共に東京23区に次いで国内2位であり、ビジネスの中枢拠点である他、西日本の政治行政の中核施設も集積しています。

交通機関についても、市内に地下鉄が網の目のように張り巡らされている他、JRや私鉄各線が京都、神戸、奈良、滋賀、和歌山などの各方面に伸びており、まさに近畿圏の交通の中心地となっています。特に、関西は「私鉄王国」として知られているように、私鉄各社が市内中心部に梅田、難波、阿倍野橋、上本町といった大規模なターミナルを形成している点に特徴があります。
長距離移動についても、東海道・山陽新幹線の結節点である新大阪駅を中心に、全国各地に鉄道が直通している他、大阪国際空港(伊丹空港)、関西国際空港も大阪市内から30分ないし45分程度に位置しており、全国への移動が至便です。

歴史的には、古くはわが国初の都市である難波宮から、近世の大坂城築城を経て今日に至る長い歴史をもっています。
古来から大和の国の外港として、「難波津」が置かれた他、室町時代には現在の大阪城がある場所に石山本願寺が建立されました。その後、御坊周辺は寺内町として栄え、現在の大阪の基盤が誕生しました。
16世紀末には豊臣秀吉が大坂城を築城し、城下町造りを進めました。街区を整え、堺や平野の商人を移住させ、近在の寺を集約し、寺町を造り、さらに東横堀川、西横堀川の掘削などにより水運を整備し、天下統一の中心地となる大坂の町が形成されました。
その後、大坂冬の陣、夏の陣により町は多大な被害を受けましたが、徳川幕府は大阪城を再建し、大阪の復興に努めました。
近世大坂は、江戸幕府の直轄地となり、北組・南組・天満組の三組に分かれ、総称して大坂三郷と呼ばれました。中之島周辺には、全国の大名の蔵屋敷が建ち並び、大阪は「天下の台所」として、国内最大の経済都市として栄えました。町人文化も開花し、学術・教育文化も「懐徳堂」と「適塾」が開かれ、大きく飛躍しました。
明治時代になり、大阪は繊維産業を中心とする工業都市として発展しました。鉄道も整備され、大阪市電も縦横に張り巡らされるなど、区内の交通網整備が進みました。大正10年には、大阪市長關一により、大規模な都市計画事業が打ち出され、昭和12年、御堂筋が完成し、区内に大阪の南北軸が誕生しました。
大正末期から昭和初期にかけては、大阪市は市域拡張により全国最大の都市となり、「大大阪」、「東洋のマンチェスター」と呼ばれ大いに繁栄しました。

太平洋戦争により、市内中心部は焦土と化しましたが、戦後復興により息を吹き返し、さらに昭和45年の万国博覧会開催などを機に、交通機関や都市機関の大規模な整備が進められ、再び大阪は、ビジネス、商業、行政の中心機能を果たし、現在の賑わいに至っています。また、関西国際空港の開港により、大阪市はアジア地域・世界の玄関口としての機能を担うことも期待されています。

さらに、現在、「大阪都構想」による、区域の見直しや、府市行政の見直しが進められており、大阪市は新しい政治行政の動きをリードする存在になりつつあります。今後も、大阪市は大阪都市圏、ひいては西日本の中心として都市の魅力と、庶民的な賑わい、文化・歴史の共存する活気ある街として、さらなる発展を続けてゆくことが予測されます。

このように大阪市は、ビジネスの中心としての商業都市、物づくり・物流の拠点としての工業都市、多数の人口が居住する住宅都市としての側面を併せ持つ大都市と言えます。

2)住宅地の概要

大阪市内の住宅地は、かつては住吉区・福島区・東成区といった大阪都心部の周辺の区部に住居が集中する傾向がありました。
これは、従来の大阪市のうち、北区や中央区の全域、西区・淀川区の一部がオフィス機能を持つ商業集積地として発展してきたため、居住地と職場が分離していたことが背景にありました。
しかし、近年は東京圏への本社集中やOA化により大阪都心部のオフィススペース需要が減少傾向にあること、また都心回帰の傾向により職住近接型の都心型高層住宅が増加しつつあります。
このため、北区や中央区といった都心部に高層マンションが相次いで建設されるなど、ビジネス街である都心部への住宅の混在が顕著となってきています。
なお、中央区や天王寺区などの上町台地周辺地域は古くから都心部に近い住宅地として大阪市内でも人気のある地域です。

3)商業地の概要

大阪市の商業地については、飲食(繁華街)・事務所(ビジネス街)・物販の観点から以下の通り分析を行っています。

  • 繁華街としての商業地
    いわゆるキタ(北区)、ミナミ(心斎橋から難波)、天王寺・阿倍野の3つのエリアに大きく分けられます。
    その他、上本町や京橋といったエリアについても、商業拠点が形成されています。
    これらのエリアは、鉄道のターミナル駅を中心に大阪市内及び郊外からの集客力が高い地域です。
    特に、キタといわれる大阪駅・梅田駅周辺は、2011年「大阪ステーションシティ」、2012年阪急百貨店の建替え、2013年「グランフロント大阪」の開業などにより、西日本圏からの集客力を持つ地域へと発展しつつあります。
    一方、ミナミとよばれる心斎橋駅・なんば駅周辺は、2007年「なんばパークス」、2018年「なんばスカイオ」が開業した他、従来より繁華性が高い心斎橋筋商店街や黒門市場は近年外国人観光客でにぎわっています。
  • ビジネス街としての商業地
    御堂筋を中心とする北区の梅田地域、中央区の淀屋橋、本町地域の他、四ツ橋筋沿いの西区、新大阪駅周辺、大阪ビジネスパーク周辺などが中心となってきています。
  • 物販的観点での商業地
    北区(梅北)、中央区(心斎橋から難波)、天王寺の3エリアに大きく区分することができます。
    この中でも、主に梅北エリアおよび天王寺エリアによって周辺地域の商業需要が吸収されており、これ以外のエリアにおける商業利用はロードサイド以外では困難になってきていると言えるでしょう。

4)工業地の概要

大阪市内の工業地としては、阪神工業地帯の一部をなす湾岸部(西淀川区、此花区、大正区、住之江区)などに大規模工場などが立地してきましたが、近年では工場の廃止・移転なども進んできています。
中小企業の工場・作業場は、東成区、福島区や生野区周辺に多く立地していましたが、国内産業の空洞化、長引く不況や後継者の不足などにより、閉鎖が増加しています。
近年の傾向としては、此花区や住之江区といった湾岸部に西日本の拠点としての大型物流施設が立地される傾向が強まっています。