遺言執行者⑪相続財産の占有・管理は誰が行うのか(平成10年判決)

掲載日 : 2014年4月2日

設問
被相続人が不動産を有しており、その子として甲、乙がいました。
被相続人は、甲に不動産を遺贈乃至は相続させる旨の遺言を残していたにもかかわらず、被相続人死亡後乙が不動産を単独で占有し事実上管理をしていたとします。
当該遺言には遺言執行者が存在した場合、甲、乙、遺言執行者の関係はどうなるのでしょうか。

例えば、当該不動産が収益物件であった場合、賃料の管理をしたり、乙に占有の明け渡しを求めるのは、甲、遺言執行者何れがすべきことでしょうか。

従来有力だった見解
この点、条文上「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」とされ、「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」とされています(1012条1項、1013条)。

ここから、遺言執行者に広い権限を導き、不動産の占有管理等をするのは遺言執行者だとする理解があります。
典型的には「遺言執行者の管理下にある相続財産に属する権利の行使(たとえば、債権の取立、物の引渡)は遺言執行者に専属し、相続人は当事者適格を欠く」という見解です(中川外編(担当泉)「新版注釈民法(28)〔補訂版〕」有斐閣297頁)。

このような見解は、遺言執行者の地位を破産管財人と同様に理解する立場といえるでしょうし、例えば、清算型遺贈(※)については、当てはまり易い理解と思います。
※清算型遺贈
相続財産を換価して金銭として遺贈する場合。
特に、全財産を換価して負債等も清算の上残った金銭を遺贈する場合を包括的清算型遺贈といいます。清算型遺贈が使われる場合については、身寄りのない人のための法律⑤遺言 を参照ください。

しかし、清算型遺贈は「今日ではほとんどみられない」とされています(後述の平成10年判決〈最高裁〉判例解説〈民事篇平成10年度〉218頁)。にもかかわらず、これに馴染みやすい見解を原則と考えるのは疑問です。
遺言執行者の権限は「遺言の内容により定まる」とされています(平成10年判決判例解説223頁)。ですから、特定不動産について遺贈乃至は「相続させる」旨の遺言がされた場合は、その趣旨から考えるべきでしょう。

最2小判平成10年2月27日
この点、参考になるのが、最2小判平成10年2月27日民集52巻1号299頁以下(以下、平成10年判決)です。

事案の概要
被相続人は不動産を有していて、相続人として甲、乙2人の子がいました。
当該不動産について「甲に相続させる」旨の遺言がなされたのですが、乙はその不動産について被相続人から賃借権の設定を受けていたと主張しました。当該遺言には、遺言執行者がいたので乙は遺言執行者を相手として賃借権確認請求訴訟を起こしました。
この場合において、そのような訴訟をする相手方として遺言執行者がふさわしいのか(これを被告適格といいます。)が争われました。

そして、平成10年判決は、以下のとおり述べ、賃借権確認請求訴訟をする相手方としては遺言執行者ではなく、受益相続人であると判断しました。

被相続人は不動産を有していて、相続人として甲、乙2人の子がいました。
当該不動産について「甲に相続させる」旨の遺言がなされたのですが、乙はその不動産について被相続人から賃借権の設定を受けていたと主張しました。当該遺言には、遺言執行者がいたので乙は遺言執行者を相手として賃借権確認請求訴訟を起こしました。
この場合において、そのような訴訟をする相手方として遺言執行者がふさわしいのか(これを被告適格といいます。)が争われました。

平成10年判決
特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言をした遺言者の意思は、右の相続人に相続開始と同時に遺産分割手続を経ることなく当該不動産の所有権を取得させることにあるから…その占有、管理についても、右の相続人が相続開始時から所有権に基づき自らこれを行うことを期待しているのが通常であると考えられ、右の趣旨の遺言がされた場合においては、遺言執行者があるときでも遺言書に当該不動産の管理及び相続人への引渡しを遺言執行者の職務とする旨の記載があるなどの特段の事情のない限り、遺言執行者は、当該不動産を管理する義務や、これを相続人に引き渡す義務を負わないと解される。そうすると、遺言執行者があるときであっても、遺言によって特定の相続人に相続させるものとされた特定の不動産についての賃借権確認請求訴訟の被告適格を有する者は、右特段の事情のない限り、遺言執行者ではなく、右の相続人であるというべきである。

つまり、遺言執行者には、特段の事情のない限り、相続させる旨の遺言がその目的としていた当該不動産を管理する義務はなく、また、これを相続人に引き渡す義務を負わないとしました。従って、それをすべきは受益相続人だということです。

ですから、平成10年判決を前提とすれば、次のような行為をするのも、遺言執行者ではなく受益相続人ということになります(平成10年判決判例解説230頁以下)。

  • 相続人に対抗できる賃借人が目的不動産を占有している場合において、賃料の受領や賃料増額請求等
  • 目的不動産の不法占拠者に対する明渡請求訴訟の提起
  • 被相続人が生前に提起した賃貸借契約解除を請求原因とする明渡訴訟の承継

法律家が遺言執行者に就任した場合
平成10年判決については「通常人が遺言執行者に任命された場合に妥当する考慮であり、法律家が遺言執行者に任命された場合には別ではないか」という指摘があります(高橋「重点講義民事訴訟法上」有斐閣255頁)。

しかし、法律家は交渉や訴訟といった方法論には長けているかもしれませんが、その力が発揮されるのは、確固たる権限が効率よく行使できる場合です。
しかし、以下の点を勘案すれば、遺言執行者には確固たる権限があるとは、安易に判断できません(平成10年判決判例解説227頁、216頁以下)

  • 遺言執行者の権限は、破産管財人と比べてその権限の内容が不明確なことが珍しくなく(遺言の内容が多様であり、かつ不明確なことに起因する)…その権限が消滅する時期も明確にならないことが珍しくない。
  • 権原を行使するにしても、裁判により選任されたかどうかを問わず、遺言執行者の選任の事実を公示する仕組みは存在しない。さらに、遺言執行者の権限の範囲を公示する仕組みも存在しない…その地位や権限の内容についての証明書を発行してもらうことができない。

だとすれば、法律家の遺言執行者とはいえ、平成10年判決の指摘するとおり「特段の事情のない限り、遺言執行者は、当該不動産を管理する義務や、これを相続人に引き渡す義務を負わない」とするのが妥当と思われます。
ただ、法律家が遺言執行者に就任する場合は、当該遺言の作成にも関与することが多いでしょう。その際、遺言者の意思を十分に汲み取った上で、それ以上の働きを求められる場合は、特段の事情としての職務内容等を明確に遺言に記載することが望まれると思います。

【関連コラム】
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遺言執行者⑩相続財産の占有・管理は誰が行うのか(問題の所在)
遺言執行者⑫相続財産の占有・管理は誰が行うのか(平成10年判決の射程範囲)

【コラム執筆者】
村上・新村法律事務所
弁護士 村上博一

事務所HP :
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