遺言執行者⑨特定の不動産を「相続させる」旨の遺言について

掲載日 : 2014年3月30日

特定の不動産をある相続人(※)に「相続させる」旨の遺言がされた場合の遺言執行者の立場について、遺贈の例と比較しながら説明します。
※講学上、これを受益相続人と呼ぶ場合が多いです。
この点を理解する上で知っておかなければならない2つの判決が存在します。

香川判決
特定の財産を受益相続人に「相続させる」旨の遺言については、香川判決があり、その法的性質は遺産分割方法の指定(908条)であるとしました。ただし、そのように解した場合は遺産分割協議等が必要であるとしていた従前の考え方を否定しました。

すなわち、香川判決は、「相続させる」旨の遺言をした場合、遺産分割協議等は行為をすることなく、被相続人の死亡の時(遺言の効力が生じた時)に直ちに遺産が相続により承継されると判断しています。

香川判決
他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから…特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される

香川判決については、子供のいない夫婦の遺言②具体的な遺言の方法(不動産) を参照ください。

最2小判平成14年6月10日
その上で、最2小判平成14年6月10日判タ1102号158頁以下(以下、平成14年判決)は、「相続させる」旨の遺言により、特定の不動産を取得した受益相続人は「登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる」としました。

  • 平成14年判決の概要
    被相続人が不動産を有しており、その相続人として甲、乙がいたのですが、甲に「相続させる」旨の遺言がされました。ところが、乙の債権者が当該不動産の2分の1(乙の法定相続分)を差し押さえたという事案についての判断です。
    平成14年判決が言わんとしているところの1つとしては、不動産は、受益相続人である甲が「直ちに…相続により承継」し、乙は無権利者なので、177条の問題は出てこないという点にあるかと思います(平成14年判決の判タ解説参照)。
  • 参考
    なお、平成14年判決は、最2小判昭和38年2月22日民集17巻1号235頁以下(以下、昭和38年判決といいます。)の影響を受けています。
    昭和38年判決は、被相続人が不動産を有しており、その子の甲、乙が共同相続しました。ところが、乙が勝手に単独所有権取得の登記をして、第三者丙に移転登記をしたという事案です。
    これについて、「乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得する由ないからである」として甲は「自己の持分を登記なくして対抗できる」としたものです。

「相続させる」旨の遺言と遺言執行者
以上2つの判決を前提とすると、次のような疑問が生じます。

1)遺言執行は必要か
先ず、そもそも特定不動産について「相続させる」旨の遺言がされた場合、その「執行」の必要はないのではないかという点です。遺贈の場合と異なり、受益相続人は登記を得なくても第三者に権利を対抗できるからです。
しかし、だからといって、受益相続人には、現実問題として、登記を具備しない限り、不動産の売却といった処分をすることが事実上出来ない等の不都合が生じます。従って、そのような遺言を「執行」する必要はあります。それが「登記の重要性」といわれるものです。

2)遺言執行者の存在意義
次に、遺贈の場合と異なり、受益相続人は「相続」によって不動産を取得するので、受益相続人は単独で登記名義の移転を申請できます(不動産登記法62条)。
特定不動産を「相続させる」旨の遺言がされた場合、直ちに遺産が相続により承継されるため、他の相続人の協力を必要とせず、この遺言書を利用して単独で相続を原因とする所有権移転登記が可能です。
そうなると、特定不動産について「相続させる」旨の遺言がされた場合、遺言執行者の出る幕がないのではないかという疑問が生じます。

この疑問に答えたのが、最1小判平成11年12月16日判タ1024号155頁以下(以下、平成11年判決)です。

平成11年判決・事案の概要(遺言執行者の職務に関する事実に限って簡略化)
被相続人が不動産を有しており、その子として甲、乙がいました。当該不動産について、甲に「相続させる」旨の遺言(以下、新遺言といいます。)があったのですが、乙に「相続させる」旨の旧遺言があったので、これを乙が利用して登記を自己名義にしました。

新遺言には遺言執行者がいて、その者が乙名義の登記抹消を求めることができるかどうかが争われました。

平成11年判決
甲への所有権移転登記がされる前に、他の相続人(乙)が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には、遺言執行者は、遺言執行の一環として、右の妨害を排除するため、右所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ、さらには、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできると解するのが相当である。この場合には、甲において自ら当該不動産の所有権に基づき同様の登記手続請求をすることができるが、このことは遺言執行者の右職務権限に影響を及ぼすものではない

つまり、「相続させる」旨の遺言がされた場合、受益相続人は単独で登記名義の移転を申請できるため、遺言執行者に登記手続きを行う必要がありません。平成11年判決は、傍論で「当該不動産が被相続人名義である限りは、遺言執行者の職務は顕在化せず」と述べていますが、それはこのような意味です。

しかし、遺言書の記載内容と異なる登記が行われている場合には、遺言執行者は遺言内容を実現するため、当該登記の抹消等の請求を求めることができるということになります。そのような場合には、遺言執行者の存在意義があるということです。

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【コラム執筆者】
村上・新村法律事務所
弁護士 村上博一

事務所HP :
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